ぴーひゃら、ぴーひゃら
2008 年 10 月 21 日
あ~、なんて静かなんでしょう。
工場では、一か月近く休まず稼働していた四番茶の製造も終わり、これで今年度の荒茶製造も全て終了です。
近所の方々にはご迷惑をお掛けしているのですが <m(__)m>
この工場が動いている時の機械の音や出入りする皆の声やら
普段聞きなれているというか体の・生活の一部になっている、ちょっと賑やかしい音がしなくなると
なんだか寂しくなってみたりします (=_=)
さて、この製茶シーズンの終わりとともにやってくるのが、地元・島田市阪本の旧初地区の秋祭りです。
山車を曳きまわしながら、地区内の4~5か所を巡り、最後うちの裏手にある天王神社に奉納されるのですが、
特筆すべきは、そのなかで舞われる
「おせん女踊り」
なんと 江戸時代 \(◎o◎)/! から伝わる踊りなんだそうです。
その由来とは・・・
時代は、江戸中期にさかのぼります。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」のそば、一軒の茶屋があり、
( 水戸黄門 によく出てくるような、うっかり八兵衛がおだんごを頬張っているシーンの
あんな感じのお店こと
だと思いますが)、
道行く人にお茶を振る舞っていました。そこに働いていたのが、おせんという名の女性で、
まぁ、この娘、なかなか働き者で気立てが良く、おまけにたいそう気がきいたそうで、
多くの疲れた旅人の気を癒したそうな・・・
それが人々の心を打ち、後に歌に歌われ、舞われるようになったとか。
昭和20年代半ば頃までは、青年の男性が女装姿で踊っていたそうですよ
一時この伝統的な踊りも廃れてしまった時期があったようですが、昭和50年代に保存会を立上げ
復活し、現在は小学生の女の子が踊りを披露するかたちとなりました。
男衆の奏でる横笛と太鼓に合わせ、
色鮮やかな振袖のすそを肩に掛けたり、片足でゆっくり跳んだり
眺めるような仕草をしたりと、庶民的ながら風情のある踊りです。
自分に娘がいないので、躍らせられないのが残念ですが、
これからも続いていって欲しいですね。
うちのお店も、道行く人々の記憶に残るような、
そんなすてきなサービスが出来るようになりたいものです。





